去年、85歳でなくなったベティ・ペイジのことを、MARQUISのピーター氏がMARQUIS No.45号の冒頭で書いているので紹介します。
「バイバイ、ベティ・ペイジ──。彼女自身、自分が有名だという自覚はなかったようだが、今日のバーレスクやフェティッシュカルチャームーブメントは、彼女の存在なくしてあり得ない。
ナッシュビルに1923年に生まれたベティは、自動車工だった実父から、ふたりの姉妹ともども、性的虐待を受けていたと告白している。両親は程なくして離婚。13歳になって初潮を迎えたベティは、自分が死ぬんじゃないかと恐れおののいた。その出血について説明してくれる身内は、彼女のまわりに一人もいなかった。孤独なベティーの思春期を象徴するエピソードである。
あるカメラマンがコニー島で彼女を見いだすまでのあいだ、ベティは秘書や教師の仕事をしていた。その後アーヴィング・クロウとの出会いが彼女の人生に劇的ブレイクスルーをもたらした。クロウは、ベティの姉妹ポーラとベティを撮影したピンナップフォトを通信販売するビジネスを始めた。クロウのカメラの前で、ベティは今日已然としてその凛然たる輝きを失うことのないフェティッシュイコンそのものとなった。
以後作られた数千枚の写真と8ミリフィルムは、1950年代のお堅い紳士淑女気取りのアメリカに激震をもたらしたのである。2008年12月、ベティはロスアンジェルス郊外の自宅で、静かにその生涯の幕を下ろした。享年85歳だった。
現代のベティ・ペイジ、それはディータ・ヴォン・ティーズである。彼女のおかげでフェティッシュなテイストをメインファッション、ハイファッションも無視できなくなった。ディータ独自のフェティッシュイコンの哲学は、ハイファッションとフェティッシュイメージの橋渡しをした。
ロンドンから悪いニュースが。「広告費で定期刊行出版物の事業が成り立たなくなってきた」と、スキン・ツーのティム・ウッドワード。すべてのフェティッシュマガジンのマザーともいうべき英スキン・ツー誌が、季刊から年一回へと刊行機関が大幅に伸びることになっった。フェティッシュカンパニーは、小資本で、キャッシュフローに恵まれない会社がほとんどすべてである。昨今の不況で、事態は最悪だ。年一回のスキン・ツーに引き続き期待を寄せるにしても、私たちはすでに、過去にその名をこの世界へ響かせてきた「リチュアル」「ザイトガイスト」「バックル」各誌はすでに忘却の彼方である。MARQUISが、この世界で唯一生き残った「フェティッシュ雑誌」になるのも時間の問題だ。さあ、読者諸兄の皆様、定期購読してください! いますぐ。ピーター・W・ツェルニヒ」
──最後の定期購読を促すあたりも寂しいが、ベティの生育歴の気の毒さといったらないですね。私たちのように、いわゆる変態的性欲、異常性欲者というのは、こうした悲しい生育歴を背負っているかあるいは、昨今の環境破壊のせいで、さまざまな化学物質が遺伝子DNAに未知の影響を及ぼして変になったものと私は想像しています。そもそも、人類の「オス」は今後次第に減っていき、数百年後には全くなくなってしまうという研究報告もあるのです。「オス」自体がもともと、もろい構造の遺伝子を有しており、世代間で行われる遺伝子コピーでエラーが蓄積して、どんどん壊れてゆき、メスしかできなくなるそうです。ちょっと前にやっていたNHKスペシャルで知りました。
私たちがラバーとか、拘束感、光沢に異様に性欲をたぎらせ、生身の裸の女性にはまったく関心が持てないのも、こういうような、遺伝子とか、脳の中の何かの異常、つまり何らかの異常、病的傾向のなせるものでしょう。私たちは、まず、自分のせいで、自分だけが悪くて変態になったのではないという認識を持つ必要があると思います。地球環境、生まれや生育歴といった外的要因のおかげで、私たちは心に変態という核を持つに至ったのです。
ここで重要なことは、こうした変態的異常性欲者(ラバーフェチ専門に限ります!念のため)は、人間関係がますます希薄化するいま、連帯し、「社会的包摂性」(宮台2009)を自らの手で作り出すことだと思います。包摂性は、たとえばラバーキャットスーツももちろん身体を物理的に包摂します。社会的包摂は、ラバーに包まれた私たちをもっと大きな外側から、見えない哲学的連帯でもって包んでくれる概念です。今般、ラバーフェティッシュピープルのためにALT-FETISH.comはストックルーム(在庫置き場)の近くに物件を用意して、スーツの試着や、海外フェティッシュ出版物の閲覧に供することにいたしました。この場所は、お金もかけていないし、もちろん地理的要因から排他性を持っているなど、難点はきりがありません。しかし、リアルにコンタクトすることで、ビザールな人たちの社会的包摂性を作り出すきっかけにしたいと思って始めますから、ぜひ、今後の告知にご期待ください。
「バイバイ、ベティ・ペイジ──。彼女自身、自分が有名だという自覚はなかったようだが、今日のバーレスクやフェティッシュカルチャームーブメントは、彼女の存在なくしてあり得ない。
ナッシュビルに1923年に生まれたベティは、自動車工だった実父から、ふたりの姉妹ともども、性的虐待を受けていたと告白している。両親は程なくして離婚。13歳になって初潮を迎えたベティは、自分が死ぬんじゃないかと恐れおののいた。その出血について説明してくれる身内は、彼女のまわりに一人もいなかった。孤独なベティーの思春期を象徴するエピソードである。
あるカメラマンがコニー島で彼女を見いだすまでのあいだ、ベティは秘書や教師の仕事をしていた。その後アーヴィング・クロウとの出会いが彼女の人生に劇的ブレイクスルーをもたらした。クロウは、ベティの姉妹ポーラとベティを撮影したピンナップフォトを通信販売するビジネスを始めた。クロウのカメラの前で、ベティは今日已然としてその凛然たる輝きを失うことのないフェティッシュイコンそのものとなった。
以後作られた数千枚の写真と8ミリフィルムは、1950年代のお堅い紳士淑女気取りのアメリカに激震をもたらしたのである。2008年12月、ベティはロスアンジェルス郊外の自宅で、静かにその生涯の幕を下ろした。享年85歳だった。
現代のベティ・ペイジ、それはディータ・ヴォン・ティーズである。彼女のおかげでフェティッシュなテイストをメインファッション、ハイファッションも無視できなくなった。ディータ独自のフェティッシュイコンの哲学は、ハイファッションとフェティッシュイメージの橋渡しをした。
ロンドンから悪いニュースが。「広告費で定期刊行出版物の事業が成り立たなくなってきた」と、スキン・ツーのティム・ウッドワード。すべてのフェティッシュマガジンのマザーともいうべき英スキン・ツー誌が、季刊から年一回へと刊行機関が大幅に伸びることになっった。フェティッシュカンパニーは、小資本で、キャッシュフローに恵まれない会社がほとんどすべてである。昨今の不況で、事態は最悪だ。年一回のスキン・ツーに引き続き期待を寄せるにしても、私たちはすでに、過去にその名をこの世界へ響かせてきた「リチュアル」「ザイトガイスト」「バックル」各誌はすでに忘却の彼方である。MARQUISが、この世界で唯一生き残った「フェティッシュ雑誌」になるのも時間の問題だ。さあ、読者諸兄の皆様、定期購読してください! いますぐ。ピーター・W・ツェルニヒ」
──最後の定期購読を促すあたりも寂しいが、ベティの生育歴の気の毒さといったらないですね。私たちのように、いわゆる変態的性欲、異常性欲者というのは、こうした悲しい生育歴を背負っているかあるいは、昨今の環境破壊のせいで、さまざまな化学物質が遺伝子DNAに未知の影響を及ぼして変になったものと私は想像しています。そもそも、人類の「オス」は今後次第に減っていき、数百年後には全くなくなってしまうという研究報告もあるのです。「オス」自体がもともと、もろい構造の遺伝子を有しており、世代間で行われる遺伝子コピーでエラーが蓄積して、どんどん壊れてゆき、メスしかできなくなるそうです。ちょっと前にやっていたNHKスペシャルで知りました。
私たちがラバーとか、拘束感、光沢に異様に性欲をたぎらせ、生身の裸の女性にはまったく関心が持てないのも、こういうような、遺伝子とか、脳の中の何かの異常、つまり何らかの異常、病的傾向のなせるものでしょう。私たちは、まず、自分のせいで、自分だけが悪くて変態になったのではないという認識を持つ必要があると思います。地球環境、生まれや生育歴といった外的要因のおかげで、私たちは心に変態という核を持つに至ったのです。
ここで重要なことは、こうした変態的異常性欲者(ラバーフェチ専門に限ります!念のため)は、人間関係がますます希薄化するいま、連帯し、「社会的包摂性」(宮台2009)を自らの手で作り出すことだと思います。包摂性は、たとえばラバーキャットスーツももちろん身体を物理的に包摂します。社会的包摂は、ラバーに包まれた私たちをもっと大きな外側から、見えない哲学的連帯でもって包んでくれる概念です。今般、ラバーフェティッシュピープルのためにALT-FETISH.comはストックルーム(在庫置き場)の近くに物件を用意して、スーツの試着や、海外フェティッシュ出版物の閲覧に供することにいたしました。この場所は、お金もかけていないし、もちろん地理的要因から排他性を持っているなど、難点はきりがありません。しかし、リアルにコンタクトすることで、ビザールな人たちの社会的包摂性を作り出すきっかけにしたいと思って始めますから、ぜひ、今後の告知にご期待ください。

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